ジオろぐ

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    カテゴリ: 考古学

    1: ジオろぐ 2022/11/20(日) 21:55:58.314 ID:xY+on0+waHAPPY
    アンティキティラの機械とか

    【オーパーツの正体が「昔の超一流の職人がめっちゃ頑張って作った物だった」みたいなの好き】の続きを読む

    1: ジオろぐ 2021/11/15(月) 16:10:43.09 ID:lgWZrGh/0
    ・ラムセス二世の像(エジプト)
    ・ラセムスの王名票(エジプト)
    ・猫のミイラ(エジプト)
    ・ネバムンの壁画(エジプト)
    ・バステト女神像(エジプト)
    ・ロゼッタストーン(エジプト)
    ・グリフィンの腕飾り(ペルシャ)
    ・ウルのスタンダード(シュメール、軍旗)
    ・ライオンのレリーフ(メソポタミア)
    ・ネイレデスのモニュメント(トルコ)
    ・パルテノン神殿の彫刻多数
    ・セレネの馬(パルテノン神殿)
    ・黄金のペンダント(エギナ島)
    ・ポーランドの壺(イタリア)
    ・ミトラス神像
    ・バータシーの盾(テムズ川)
    ・ルイス島のチェス(ノルウェー)
    ・タラ像(スリランカ)
    ・カシニカの舎利容器(インド)
    ・明官増(中国)
    ・阿弥陀如来像(中国)
    ・和鏡(山形県)
    ・石器(タンザニア)
    ・イフェの頭像(ナイジェリア)
    ・象牙のマスク(ナイジェリア)
    ・双頭の大蛇(アステカ)
    ・ヤシュチランの石像浮彫(マヤ)
    ・モアイ(イースター島)

    その他800万個あり、それぞれが重要文化財や国宝レベルのアイテムの模様…凄すぎだろ…

    【【朗報】大英博物館が所持している展示物、凄すぎるwwww】の続きを読む

    1: ジオろぐ 2022/11/16(水) 15:14:00.17 ID:v92wzjaZ
    78万前の人類、焼き魚食べていた イスラエル研究論文:AFPBB News
    https://www.afpbb.com/articles/-/3433848

    2022年11月16日 15:05 
    発信地:パリ/フランス [ フランス ヨーロッパ イスラエル 中東・北アフリカ ]

    【11月16日 AFP】78万年前の人類の祖先は、火をしっかりと通した魚を好んで食べていたする研究論文が14日、公開された。調理に火が使われたことを示す最も古い証拠だと説明している。

     論文は、学術誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション(Nature Ecology and Evolution)」に掲載された。筆頭著者はテルアビブ大学(Tel Aviv University)スタインハルト自然史博物館(Steinhardt Museum of Natural History)の考古学者、イリット・ゾーハル(Irit Zohar)氏。

    (略)

    ※省略していますので全文はソース元を参照して下さい。

    【78万前の人類、焼き魚食べていた イスラエル研究論文】の続きを読む

    1: ジオろぐ 2020/02/27(木) 09:32:59.840 ID:A1WvH3nMa
    もっと人間のポテンシャル信じようよ

    【思考停止の馬鹿「人類を進化させたのもピラミッド作ったのも古代文明のオーパーツも全部宇宙人の仕業!」←これ】の続きを読む

    1: ジオろぐ 2022/10/29(土) 01:19:39.38 ID:F3u95skZ
    no title

    ツタンカーメン王の黄金のマスク。(PHOTOGRAPH BY KENNETH GARRETT, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

    no title

    写真の像を含むツタンカーメンの財宝の多くは、ごく最近まで、カイロのエジプト考古学博物館に保管されていた。2022年中に大エジプト博物館が開館すれば、長く保管されていた遺物が展示される。そのなかには、初公開の秘宝も含まれる。(PHOTOGRAPH BY PAOLO VERZONE, NATIONAL GEOGRAPHIC)

    ■8歳か9歳で王位を継承

    ツタンカーメンはエジプト第18王朝(紀元前1550~1295年頃)に生まれ、ツタンカーテンという別の名前で人生を歩み始めた。

    ツタンカーメンが王位に就くまでの数年間、エジプトは大混乱のさなかにあった。ツタンカーメンの父とされるアメンホテプ4世は、自身の文化の神々に背を向け、太陽神アテンを崇拝するようになった。アメンホテプ4世は新しい神に敬意を表し、自身の名前をアクエンアテンに変え、息子は「アテンの生き写し」を意味するツタンカーテン(トゥトアンクアテン)と名付けた。(参考記事:「ツタンカーメンの両親は誰?」https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/1009/feature01/

    しかし、紀元前1336年ごろ、アクエンアテン王が即位約17年で死去し、8歳か9歳のツタンカーテンが王位を継承した。少年王は王国の伝統に立ち返り、多くの神を復活させるとともに、新しい神殿を建造した。

    また、大気の神「アメンの生き写し」を意味するツタンカーメン(トゥトアンクアメン)に改名した。さらに、古代の太陽神ラーにちなんで、ネブケペルウラーという即位名を名乗った。そして、アクエンアテンと王妃ネフェルティティの娘であるアンケセナーメンと結婚した。二人の間に子どもはいなかったと考えられているが、ツタンカーメンの墓から発見された胎児のミイラ2体は、死産だった彼らの娘である可能性が高い。

    ※以下省略。記事全文はソース元にて


    2022.10.28
    https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/102000479


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    ツタンカーメン王墓発見100周年、黄金の財宝から「ファラオの呪い」まで
    https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/327803/102800051

    【【考古学】発見から100年 ツタンカーメンとはどんな人物だったのか?】の続きを読む

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