ジオろぐ

自然や動植物に関するニュース・画像などの情報まとめサイトです。

    1: Mogtan ★@\(^o^)/ 2015/01/22(木) 23:00:36.25 ID:???.net
    掲載日:2015年1月22日

     福井県勝山市の県立恐竜博物館は22日、福岡県宮若市の約1億2千万年前の地層から、新種のカメの化石が見つかったと発表した。カメ類の「アドクス属」としては世界最古の化石。甲羅の一部が原始的な特徴を持っており、同博物館は「カメ類の進化や多様化を知る上で重要な資料」としている。

     化石は宮若市の関門層群千石層(白亜紀前期)から1994年に見つかり、北九州市立自然史・歴史博物館で保管されていた。2009年から恐竜博物館の薗田哲平研究職員が早稲田大などと共同研究を進め、新種であることが判明。学名を「アドクス・センゴクエンシス」(千石峡のアドクス)と名付けた。

     アドクスは絶滅した原始的なスッポンの仲間。見つかった化石は甲羅の一部7点で、甲羅の長さは約29センチと推定される。甲羅の模様が、これまでに見つかっているアドクス属の種と違っており、大きさも小さいことなどから新種と判断した。

     また、首付近の甲羅のパーツが、他のアドクスより幅が広くなっているなど原始的な特徴を示しており、他のアドクスへの進化の歴史を研究するための貴重な資料になるという。

     これまでに種が特定されたアドクス属の中では、中央アジアで見つかった約1億年前の化石が最も古く、アドクス・センゴクエンシスは学名のついた世界最古の種となった。恐竜博物館では3月末まで、化石の複製を展示する。

     恐竜博物館が発掘している勝山市北谷町杉山の手取層群北谷層(約1億2千万年前)でもアドクス属の化石が発掘されている。種を特定するまでには至っていないが、同世代の地層であることから、新種の発見など研究の進展に期待を寄せている。

    <画像>
    化石の説明をする薗田哲平主事=21日、福井県勝山市の県立恐竜博物館
    no title


    <参照>
    FPDM: 調査研究 - 福岡県からの白亜紀前期の新種のカメ化石について
    http://www.dinosaur.pref.fukui.jp/research/2015Adocus/

    <記事掲載元>
    http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/dinosaur/62518.html

    【【古生物】福岡で世界最古の新種カメ化石 福井県立恐竜博物館が発表】の続きを読む

    1: Hi everyone! ★ 2015/01/21(水) 23:10:36.47 ID:???.net
     飯田市立動物園で七月に生まれたパルマワラビーの子どもは、雄と分かり、「フラペチーノ」と名付けられた。すくすく育ち、母親から離れ、一人で行動する姿が多く見られるようになっている。

     飼育員の松本歩さんによると、園内のワラビーは歴代、チョコレートやカフェの飲み物に関連した名前が多い。今回は夏生まれなので、コーヒー店の氷菓飲料で人気のフラペチーノとした。

     フラペチーノは七月二十六日に母親プラリネの袋から完全に体が出た。プラリネのパートナーである雄のモカとも仲が良く、松本さんは「フラッペと気軽に呼んで」と話している。

     (石川才子)

    ソース(中日新聞) http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20150120/CK2015012002000021.html
    写真=すくすく育っているフラペチーノ=飯田市立動物園で
    no title

    【【長野】「フラッペ」と呼んでね…飯田市動物園、パルマワラビーの子、すくすく】の続きを読む

    1: Hi everyone! ★ 2015/01/22(木) 16:52:02.40 ID:???.net
     名古屋市東区橦木町の国道41号上に立つクスノキの大木を、すぐ前にある花店「名花園」の従業員や地元の人たちが守り続けている。木は片側三車線の車道を覆うように枝葉を広げ、上方を走る名古屋高速の高架を越えるほどの高さ。半世紀前からたびたび伐採の危機を乗り越え、今も「ご神木」として大切にされている。

    写真=国道41号に堂々と立つクスノキ=名古屋市東区橦木町で
    no title


     クスノキは北行きの第一車線と第二車線の間の分離帯に生えている。郷土史文献「東区の歴史」などによると、江戸時代に武家屋敷があった東区一帯は、名木とされる木が二十六本あり、このクスノキはそのうちの一本。樹高は二〇・五メートル、樹齢は三百五十年を超えるといわれる。

     木の西側にある「名花園」の従業員が週一度、根元に花束を供え、年一度は幹のしめ縄を交換している。

    写真=名花園の敷地内にあったころのクスノキ=撮影年代不明、井上八重子さん提供
    no title


     店を長年切り盛りしてきた井上八重子さん(81)によると、一九四二(昭和十七)年に創業した時、店の敷地は今の道路まであり、クスノキも敷地内にあった。「そのころは木の下に神棚を作り、先代は朝晩に拝んでいました」と思い起こす。

     六〇年代、道路を拡幅するため切り倒すことが検討された。それを聞いた地元の人たちが、伐採阻止の運動を起こした。

    写真=クスノキの根元に花を供える名花園の従業員
    no title


     国道を管理する国土交通省名古屋国道第一出張所には、六五(同四十)年十二月、地元の山吹小学校区のPTA会長や自治会長らが「地区に残る名木なので、道路の拡幅工事の支障があるかもしれないが現状のまま残してほしい」と当時の杉戸清市長(故人)宛てに陳情書を出した記録が残る。

     井上さんによると、陳情を受けてクスノキを見に来た杉戸市長が「切り倒すには惜しい」と言ったらしい。「木は“鶴の一声”で残ったんです」

     名古屋高速道路の建設計画が進んでいた八五(同六十)年ごろ、再び危機が訪れた。元区政協力委員議長協議会議長の鬼頭正男さん(88)=東区橦木町=によると、高速道路を地中に建設する当初計画が高架に変更されたことで、木が邪魔になった。そこで名城公園(北区)に移植する案が出たという。

     道路の高架化には日照や排ガス問題を懸念する住民の反対運動が起きた。鬼頭さんは運動の中心だった一人。「結局、高架化は受け入れざるを得なかったが、木を残す要望はかなった」。クスノキを避けるように、近辺の高架の位置は当初計画より二メートルほど東寄りになったと伝わる。

    no title


     危機のたびに住民の力で守られ、道の真ん中に居座るクスノキ。井上さんは「よくぞ残ったと思う。今でも、いいことがあるとクスノキのおかげと感じるのよ」と話す。

     一部には「クスノキを切るとたたりがある」という“都市伝説”があるようだが、東区制百周年記念誌「ひがし百年」には、「たたりがあるので伐採を逃れたというのは迷信」と記されている。

    ソース(中日新聞) http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20150122/CK2015012202000054.html

    【【愛知】「名木」クスノキ、守り続ける住民、名古屋・東区…「今でも、いいことがあるとクスノキのおかげと感じるのよ」】の続きを読む

    このページのトップヘ